5月4日は和歌山の新和歌浦へドライブ

片道100kmのドライブだ。

一年ぶりくらいだったと思う。

お墓があるので、定期的には行っている。

今回最初に驚いたのは、阪神高速の料金。

1300円徴収された。

前回、一年くらい前は、700円だったように記憶している。

1300円は高くなったと驚いた。

私の場合は、伊丹空港辺から関空手間まで最長距離だから距離を考えると高いとは言えないようには思うが、値上がりの度合いは驚いた。

良いこともある。前回の時も開通していたが、26号線のバイパスが和歌山市内まで開通しているから これは早くなった。

バイパスの方が、信号が少なく、道が良いので早い。

それに、山の中を通っているので、新緑が美しく綺麗だ。

本当にドライブ気分が味わえる。

帰りは従来の道を走ったのだが、バイパスを通る人が増えた影響だろうと思うが、旧道を走る車が大幅に減っていた。

帰り道では、新しく出来ている道の駅、みさき公園の辺り、に寄って、ソフトクリームをいただいた。暑さの影響もあると思うが、美味し。

ただ問題は、道の駅の造りが分かりにくい。

ソフトクリームなど、表側の人の一番多い場所に設置すれば売上も倍増いや、天候によっては5倍は売れると思える。

しかし、裏側の分かりにくい食堂の片隅に設置している。

そこは、海側でもあるので景色は良いのだが、入り口を、駐車場からすぐに見える場所に造るべきだと思う。

墓参りを済ませたあとは、昼食をとるのだが、私は、新和歌浦で海を見ながら、食べるのがすきなので、今回も焼きたてのパンを買って食べた。

ゴールデンウィークの中日だからだろうが、賑わっていた。

普段の土日であれば、疎らに人が居るくらいの小さな観光地だ。

私は新和歌浦の景色が好きなこともあり、ここでゆっくり、まったり食事をするのが好きだ。

食事をしたあとごろ寝もできる。

地方都市の片隅の観光地ならではなのかもしれないが、そんな空気感を私は好きになってしまった。


通勤路が天国の気分

毎朝の通勤路が 素晴らしくキレイ

4月の桜から始まり、5月の連休が終わるころまでの 一ヶ月半なのだが、

天気が良ければ、天国とはこんなものなのでは? と思わせられる景色が続く。

最初は、桜だ。

街路樹の桜が一揆に咲き、桜の木の下を歩くだけで気持ちが変わる。

次が 山ツツジ。

山ツツジと桜とは ダブル時期がある。

この山ツツジが公園の向こう側の小山に咲き乱れる。

桜が散り、暫くは山ツツジが咲き乱れている。

ピンクの花で覆われたような景色も捨てがたい。

そうこうしていると、花水木が咲き始める。

街路樹なのだが、白とピンクの花水木が交互に植えられており、満開になるとそれは、それは美しい。青空に映える、ピンクと白の花水木はなんとも言えない。

その頃には、山ツツジの花がなくなり、公園のツツジが咲き始める。

今は、もう直ぐ満開になる 花水木 と 公園のツツジの咲き始めのときだ。

またこれが素晴らしい。

公園のツツジが終わると、花がなくなり力強い新緑になり、梅雨を思い出させる。

こんなサイクルで毎日毎日、楽しめるこの世の天国なのだ。

この季節の後、アジサイが咲き始める。

残念ながら、アジサイは公園にはほんの少ししかなく、通勤路に楽しめるほどのものはないが、探せばある。

近所の家にポツポツ咲いている。

自宅では、レモン、ユズ、デコポン などの蕾が 沢山出てきている。

今年も、レモン、ユズ は収穫できるのだろうか?

植物は強いし、これだけ人を楽しませてくれる。

果実ができるものは、その季節には 贅沢に食べれる程 実りを与えてくれる。

季節の変化を、移り変わりを正確に心に刻んでくれる。

これほどのパワーは人間にはない。

人間は、高見に止まってしまって 地上を知らなくなっているのかもしれない。

 

テニスクラブの友人の 絵画展を見に行った

絵画展と言っても、有志で展示会をしていた。

市が持っている多目的会議室を借りて 4人くらいで展示会を開催していた。

高尚の趣味だと感心した。

絵の内容もそれなりに上手い。

見るまでは、絵を始めて4年と聞いていたから、他に上手い人が居るのだろう・・・程度に思っていたのだが、

全く違って、 4年でここまで上手くなれるのか?

元々素養がなかったら ここまではできないだろう というレベルだった。

私は絵の才能などないことは十分に分かっているが、絵を見るのは嫌いではない。好きなほうかもしれない。

ただ、自分が感じるものだけを見ている、よく言っても、あくまでシローと鑑賞家だ。

私も63歳だから、趣味を増やしたいという気持ちはあるが、一昨年から再開した テニスは一つの趣味としてあるくらいだ。

もう一つ、文科系的な趣味を作りたいと考えて、だれでもが考える 写真を考えこれも 一昨年にカメラを購入した。

昨日見た 友人くらい絵が描けたら素晴らしい。

私は、絵画の中に 命を感じられない絵には 興味がない。

生命力というか、力強さというか 表現は分からないが、命 だと思っている。

昨日の絵画展でも 半分強の絵には命を感じない。

特に自然をモチーフにした絵はそうだ。自然をモチーフにした絵の キレイ や 静か は感じるが、生命力を感じられない。

有名がの殆どは、自然をモチーフにしていても命を感じるものが多い。

例えば、ゴッホのひまわりなど 力強い命 そのものだと思っている。

さすがに、絵画展を開くだけあって、絵画のテクニックは皆さんある。

しかし、命を感じないのは 何故なんだろう?

自分ができるものなら 示したいが、私は絵画の基本のデッサンさえできない。

今から デッサンの勉強でもするのが良いのかな 今更だから できなくて当然くらいに思って始めればよいのだろう。

写真も素晴らしいが、自分で作るものが良いし、感動が大きい。

私も 友人を見習って、デッサンからでも始めようかと思わされた。

そんな絵画展だった。

これが 人の持つ波動であり、共振なのかもしれない。

後 十数年の健康人生 と考えると 疎かにできる時間はない。

インターネットで絵画教室を調べてみると あるものだ。

車で30分程度のところに、月2回のレッスン(一回2時間)で 5,000円だった。

リーズナブルだな。私の様に何の素養もない人間が一人ではダメだから、誰かに教わらなければダメだろう。

教わってもダメな可能性が高いと思うのに。

どこかで、チャンスを造らないと 少ない健康人生が終わってしまう。

何か新たな趣味を見つけ努力をしなければいけない。

そう教わった、絵画展だった。